神は細部に宿る

ECの売上を上げる為にちょこちょこと細かい仕事をしていると、ふともっと大きな部分から入るべきではないか?という自問を頭の中ですることがよくあります。

そんな時に頭をよぎるのが、「神は細部に宿る」というこの言葉。
私は非常に気に入っています。

別にECに限った話ではないですが、何かを成し得る時には大きな部分と細かい部分と両側面を押さえる必要があります。

現ECは限られたリソースで取り組んでいる為、立場に関係なく細かい仕事もしなければならない部分も多く、ただそんな時に私は他の人でも出来る部分を自分がやってどうする?他の社員が出来ないこと(例えば、外部との提携や交流、或いは決済が必要な取り組み)をもっとすべきではないのか?と思うことが往々にしてあります。

それはもちろんそれで間違えていないと思いますし正しい判断だとも思いますが、一方で例えばそれは弊社の代表高橋の動きと同じになってしまうと言えば同じになってしまいます。そうなると、同時期に貴重な人員が2名も同じことに意識を向けるぐらいであれば、その間にこちら側(EC事業部)でしか出来ないことを進めるべき、とも考えられます。

しかし私も所詮一人の人間ですので、その考え方は本当に正しいのか?と悩むこともあります。
そんな時に、ある意味言い訳的にと言うか自分を納得させ、自分が今判断していることは間違えていないという信念や確信を貫く為に出てくる言葉、それが「神は細部に宿る」なのです。

私は前職の店舗時代、客単価を100円上げる為に相当に工夫や実験、細かい積み重ねをしました。そして、その時に間違いないと確信したことは、100円上げる為に100円上げることを考えていてはダメだということです。

※もちろん、まだまだ簡単にやれることが多々ある状態や、簡単に100円どころかもっと上げられる場合は別です。前職はチェーンで平均客単価や商材も限定的だったのでその中では、ということになります。

その時に私が行き着いた結論、それは100円上げる為に100円上げることを考えるのではなく、10円アップを10回達成して100円にするという考え。

そう考えなければ、100円の商品をいかに追加販売するか?など、実現すれば簡単に達成出来る方法ばかりに目が行きがちになってしまいますし、しかもその方法は「実現すれば」大きいですが、実現しなければ何も得られず、また難しい為に時間もかかります。

しかし、10円上げるだけで良いのであれば、ちょっと●●してもらう(例えば飲食なら、ご飯を大盛りにさせるとか数十円追加で済む簡単なものをお客に提案する)だけでよくなるので、取り組みやすくなり結果も出やすいので、最初からいきなり100円アップには繋がらずとも時間と共にいつしか必然的に100円という結果に近づくのです。

この考えが私の中では先ほどの、「神は細部に宿る」と同期しているのですが(本当のニュアンスは違ったとしても)、要は
・今やっているこの細かい仕事(作業)が一ヶ月後に必ず目を出す!
・今やっているこの誰も気にもしないかもしれない部分が、一人の獲得に繋がる!
・今やっているこの・・・・・・

というように、自分の信念や確信に繋がっているのです。
ひいては、これが自分の仕事に取り組む姿勢へも反映されていると思っています。

以前に、情報収集の話で、過去・現在・未来の話に触れましたが、今回の細部の考えは「未来」の部分だと思います。

今のEC事業部長としての私に必要なものは、達成です。達成できない目標に目標としての意味はありません。
今月達成する為に細部を潰すのか?来月・再来月の未来の為に細部を潰すのか?いつ何時の為に細部ではなく大きな取り組みをするのか?

これのジャッジをミスらないようにさえ出来れば、結果は必ず出せると確信しています。

Comments

カテゴリー: 学び、仕事意識、過去の話   タグ:   この投稿のパーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">